ごあいさつ

伝えたい音がある・伝えたい人がいる・伝えたい感動がある。


弊社は平成25年10月に発足、代表取締役であるわたくしが、前企業での15年間、イヤホンヘッドホンの製造に従事し、 1000万台以上の製造経験を生かしメイドインジャパンを絶やしたくないとの一心で立ち上げました。 自分が製造したものがランキング1位をとった時はとても感動的で人生で忘れられない思い出となっておりますが、 思い出だけで終わらせたくはない。オリジナルブランドJAPAEARを立ち上げることを決心し、このたびオリジナル製品を発売することができました。 これもひとえに15年間で培ったノウハウと、多くのご協力くださった方々のおかげでございます。

人と人とのつながりを大事に大事に大切にし、良いものづくりをしてまいります。今後とも精進していく所存でございます。 伝えたい音がある・伝えたい人がいる・伝えたい感動がある。


代表取締役 内藤亮文


JAPAEAR
JAPAEAR誕生秘話
 20歳から製造業の道へ、いきなりパートさん20人とブラジルの派遣社員
10人の部下を持つ主任となり、朝から夜中まで半田付けと段どりの日々。
3年で不良率0%を達成納期第一品質第一と叩き込まれました。
 24歳で転職。その転職先、そこは大手ヘッドホンメーカーの協力会社だった。
いきなりその会社の協力会社4社と、社員20名を抱える工場長代理に抜擢される。
 28歳で工場長に就任。1か月85000台を製造出荷する日々。
お客様の為、会社の為。がんばれがんばれと、従業員と奮起する。
新製品発売前は朝、トラックが出発するまで、従業員と一緒に汗を流しました。
ふと思うと15年間で1000万台以上も出荷してたんだと・・・。
しかし、製造拠点を海外へと・・・。一方的に工場閉鎖を言い渡される。
それに伴い従業員全員リストラ。そして・・・、わたくしも解雇。
 会社の為に、お客様の為にと思い従業員に指導してきたことが、
すべてリセットされるんだ。今まで何だったんだろう、しかしこのままやめたら
今までの経験がすべて無駄になる。
 当時の社長は一方的に工場閉鎖と解雇通告。
従業員との一生懸命仕事をしてきた沢山の思い出。そして、従業員とのつらいつらい
涙の別れ。何のために今まで頑張ってきたんだろう。自分を責めてうつ状態に。
当時の部下の従業員に申し訳なさで一杯となり、そして心身共にどん底に。
この悔しさは絶対に一生忘れない・・・。その時自分のブランドを立ち上げる決意をした。
 モノと言うのは、図面どおりに組み立てるだけなら誰でもできる。しかし、組み立てるには
技術を要する。それが製造技術なのかと。それは慣れや、日々続ける仕事の中で生まれる。
組立図があれば誰でも作れるのかと言うとそれは違うと思う。日々仕事を続ける中で、自然と
その仕事の職人となっていくのだと思う。そして、それを守り、良くしていくことが自分なりの
魂なのである。小さな小さな会社でも、製品に対して心を込めてつくるということだけは
日本一でありたい・・・。
 今から2年前。36歳の時、他社ヘッドホンメーカー社長様との衝撃的な出会い。この出会いで
一筋の光が見えた。その社長様のおかげで、同じ仕事を続けられるようになり、一人から会社を
立ち上げ、当初睡眠時間2時間とかを経て現在に至ります。
叶うものなら1人でも当時の仲間を戻したい。あのメンバーと一緒に仕事をしたい。
良い製品をつくって、お客様の喜んでいる声を聞きたい一心。感動を与えたい。
当時別れた従業員に心からありがとうと言いたい。そして、
工場長という立場で何もできずごめんなさいと伝えたい・・・。
人と人とのつながりをほんとに大切にしたい。魂をこめて
内藤亮文
簡単なプロフィール
小学生で金管クラブに入り、パーカッション、チューバを担当
中学で吹奏楽に入りトランペッターに。
趣          味:仕事。トランペット演奏。カラオケ。 
音楽に関する思い出:のど自慢のテレビ出場できたこと。